小さな大学生

答えがでなくても、ぐるぐる考える。

私が小さな幸せに気づいて、それを大切にする理由

小さい頃から長い間、何を伝えても何も伝わらないことでよく泣いていました。今でもあまりにも息が苦しくて、声が出ないこともよくあります。自分にかけられる言葉がしんどいと相手に伝えたいのに、のどの奥に大きな石がふさいでいるようで声が全くでない、そんな状況に今でも陥っています。少しずつ言葉を得たり、いろんな本を読んで救い道を探したり、たくさんの考え方からどう生きていきたいか考えて、思って、苦しんで、そうして少しずつ息苦しさから離れられるようになりました。

 

でも、小さい頃は今の自分以外何も知らない。だから、どんなに伝えようとしても言葉で圧され何も言わせないようにされてしまう。そのおかげで、何度もぜんそくで入院しました。これでまた何か言われるとおびえていたことは今でも思い出せます。

 

中学生にして、精神的な本も、自己啓発の本もたくさん読みました。発想の転換がないと越えられない期間だったのです。あらゆる発想で何度も救われました。もう幸せかも、と思えるほど考え方を成長させた頃、でも、求めているのはもっと奥深くの何かではないかと疑問を持ち始めていました。どんなに幸せだ、と思えても、自分にとって一番大切なことは、伝えていたいことを家族に伝えてきちんと伝わることなんだろうと気づきました。

 

小さい頃から、そして今でも、私が話すたびに、かぶせるようにして大きな声で自論を展開する両親がいました。今までに私が伝えたいことを伝えたいまま話し切れたことはあっただろうか。今までのたくさんの「決めつけ」によって、どれだけ自分の思いを捨ててしまっただろうか。感情的にならないように、発する言葉は少しだけ、といつもぐっとこらえて今まできました。私が必要以上に声を出せないのは、小さい頃から途中で止められたり、大人しか知らない言葉で論破されるようにされていたからかもしれません。

 

毎日毎日自分に「幸あれ」と願い、自分と向き合ってきました。 今でもストレスからか強い歯ぎしり(睡眠中)が残っていたり、目の下の痙攣が止まらないことも、激しい頭痛に襲われたりすることもありますが、今は小さい頃に比べて、十分過ごしやすくなったような気がします。どうすれば相手に伝えたいことを伝えられるか、長い間考えてきたことで少しずつ伝えられるようになったと思います。

 

少しずつ、明るい兆しが見えてきたのも、小さな幸せに気づけるようになったおかげです。息苦しいと思わなければ私は見つけようとしなかったと思います。もっと傲慢になっていたかもしれません。だから、見つけられるようになって嬉しい。見つけたら、もっと強くなれると今、感じています。気づけるようになったから、大切にしていきたい。大切にしたい理由はただそれだけです。

 

今までの期間はすべて修業期間で、その期間があったからこそ強くなれたといつか自慢できるようになりたいと思っています。むしろ幸運な子だったと思えたら、私は心の奥底から幸せになれると思います。

 

小さな幸せに気づいて、大切にして、その小さな種を心の中に植えていきたい。

いつか、自分の思うままに伝えられた時、たくさんの花が咲いて、心の奥底から幸せだと感じられるように。 

 

今よりももっと苦しくて、思いを伝えられなかった頃、風が自分に触れるだけで幸せでした。風だけは、平等にすべての人を包んでくれるんだなと思っていました。

 

そして、いつもスターを押してくれてありがとうございます。スターをもらうたびにとっても喜んでいます。周りの人々にとってはそれだけ?と思うことでも私にとってはどんなに小さなことでも幸せなのです。それだけで心から幸せになれます。

 

小さな頃から抱え続けた息苦しさを、なんとかまとめてみることで、またひとつ強くなれた気がします。曇り空の息苦しさと、今の息苦しさを感じ、心の息苦しさに向き合おうと今日はこんな記事を書いてみました。ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

毎日の中であふれる小さな幸せに救われてきた私は、これからも私の周りにある小さな幸せを大切にしていきたいと思っています。

 

小さな幸せ、見つけていきましょう。

小さな幸せ、大切にしていきましょう。