小さな大学生

答えがでなくても、ぐるぐる考える。

考える時間を奪うスマホ

 

私たちから、考える時間と感じる時間を奪うスマホ

 

新しく更新されたニュースを見ながら、

ふと思う。

「あれ、私って今何を考えていて何を感じているのだろう」

 

携帯電話が自分のものになってから、

「〇〇をしたい!」とせっかく思っても

すぐに忘れてしまう。

 

大切な気づきも、

スマホを一瞬見てしまうだけで、忘れてしまう。

まあいいや、と、まあいっか

その言葉で、自分のことを何も考えずに放置してしまう。

 

どこかにメモしないと忘れてしまう。

でも、

そのメモする場所もスマホのメモ帳だったりする。

 

それってきっととっても変なこと。

自分の思いを忘れてしまうなんて

じぶんの思いは常に心の中にあって、

忘れるものではないはずなのに

 

自分の中に流れ込んでくる情報があまりにも多い

 

でもそれは決して、

自分にとってすべて大切というわけではない。

なのに、溢れる情報によって自分の思いは下へ下へ沈んでいく。

 

目で記憶できなくなっていると思う。

頭を使う機会を失うと、心で覚えられない。

 

小さい頃、

自分のカメラも携帯もなかった頃、

感じることを体いっぱいに覚えていた。

 

だから今でも、

小さい頃感じた温かさや、

寂しいと思ったこと、

何度も思い出せるほど覚えている。

 

 

スマホの使用年齢が下がれば下がるほど、

彼らの記憶の欠如が多くなる

それはきっと悲しいこと。

 

スマホガラケーが開発される前の世代が感じていた目の記憶、心の記憶ができない、それは彼らにとって不幸かもしれない。

 

それに代わるだけの力を得れるだろうか。

そして私たちは変われているのだろうか。

 

 

自分が自分のことを考えずに放置していたら、自分は何になってしまうのだろう。

 

今、スマホのニュースを読んでいる時間は、

遠い遠い、もっと先の自分から見たらきっと無駄な時間なのだ

 

もっとたくさんのことを敏感に感じて

自分の思うままに生きておきたかったと思うに違いない

 

一人でいて

いろんなこと感じて、考えて、

たくさんのことをおもって、

そうやって個性ある自分になって自信をつけていく。

 

でも今は、感じる間もなく、

情報が自分の中にずかずかと入ってきて、

流行に乗って、みんなと同じようにまねして生きる。

 

そう、同じように同じようにと生きようとするから比べて、苦しくなって、自分を追い詰める

「自分は常識の中から外れてしまうのが怖い」と。

 

 

 

本当に何も聞こえてこなくなる

何も考えなくなる

自分の声、わからない、きこえない、

それはとても危険

 

人の目気にして、人のことばかり聞いて、

落ち込んで

 

何が自分にとって大切なのか

スマホから離れないと自分を失ってしまう

ちいさいころのじぶん、思い出して。

 

 

一度電源切って、

スマホに触れない自分に合って

心の声に耳を傾けてみよう