月の葉っぱ

夜明けはもうすぐそこに。

「なんか」さん。

 

なんか幸せ、という

根拠のない幸せが

自然とあふれてきた。

 

 

そうすると「なんか」に

感謝してしまう

 

「なんか」ありがとう

なんかありがとう

 

お、ちょっとちがうかな

 

でも

 

「なんか」ありがとう

 

根拠のなさに

感謝しよう

 

ありがとう

 

答えの分からない幸せに

気づかせてくれて

 

答えが分からなくても

感謝したいと思わせてくれて

 

ありがとう。

 

「なんか」さん。

 

 

「軽い」っていやだな、

昨日の記事を書いて、

少し時間が経ってふりかえってみると

もやもやした。

 

 

なんだか

「軽い」って嫌だな、と

「楽しい」って言葉も嫌だなと感じた。

 

 

楽しいと語る人も

楽しいと話す自分も今は嫌い

 

物事の一側面しか見ていないようだから。

 

 

すべてを囲むように見つめて

ただその物事が「ある」状態を捉えておきたい。

 

「楽しい」というその主観的な気持ちは

今の自分にはいらない。

 

「軽い」っていやだな、

 

なんだかそんなことを思ってしまった。

 

私が幸せだった日はいつも雨が降っていた。

もうあまり覚えていないのだけど、

小学生の頃、楽しみにしていた授業のある日はいつも雨が降っていた気がする。

 

この授業が好き!と感じていた時に窓の外を見ると

いつも曇っていたり、雨が降っていたりした。

 

その頃から、私の中では楽しさと雨の香りがくっついている。

だから、雨が降れば自然と今まで経験してきた楽しかったことを

心のどこかで思い出すからか幸せな気分になったりする。

 

もちろん晴れの日も楽しい日、たくさんありました。

でも、雨だからこそ小さいと思える楽しかったこともよく覚えている。

雨が思い出を吸収してくれていて、

別の日に雨が降ることで、また、ふっと思い出せる思い出がある。

 

今までで最も記憶に残っている雨の日と言えば、

高校入試の日だった。

 

それはびっくりするほどの大雨で、

慣れない道を大雨の中必死に歩いていた記憶がある。

制服もずぶぬれで、荷物もずぶぬれ、そして傘もあってと

そんななか受けた入試だった。

 

それでも、一緒に受けにいった人たちと会場へ向かう間に話せたこと、

一科目終わるごとに教室を出た時も、話し合えてずいぶんリラックスできて臨めた。

一緒にいれたことが心強かったことをすごく覚えている。

 

 

合格発表の日は幸い晴れだった。

でも、入学式はもはや嵐と言わんばかりの大雨!豪雨!

校長先生の話も全く聞こえない、次に動く指示さえ聞こえない…

でもそれがきっかけで隣の子と話して仲良くなったことを覚えている。

 

 

それからも雨の日は続く続く。

入学してからの数週間は常に傘を持っていたような気がする。

 

1年生の遠足、

始まりは晴れで外でバーベキューのような感じだったのに

途中から雨が降り出し施設のようなところに入ってレクリエーション。

慣れない人とバーベキューよりも

何かワークを通しての方が仲良くなれた気がする。

 

そして体育祭、

これもまた始まりは大丈夫で途中から大雨で中止になった。

残りのプログラムはまた日を置いて開催した。

 

それからの日はさすがにどんなことがあって嬉しかったとか

いまいち覚えていないけれど、嫌な気分になった日ってあまりないかもしれない。

 

そう、修学旅行も雨だった。

 

高校生活はあまりに雨が続いていて、

みんな卒業式もあきらめていたけれど、最後は快晴でした。

 

最後には「嵐のち晴レルヤ」とまとまることができました。

(この時ゆずの「雨のち晴レルヤ」が流行っていました。)

 

 

そして、大学入試の日、

なんと私が入試を受けにいった日は全て雨が降っていました。

 

ここも受けようか、と受けたところも

ここにいけたらいいな、と思うところもすべて。

結果どちらも幸せな結果となったので今思えばなんてことないです。

 

今までは「あ、雨だ…まただ…」と思っていましたが

ふと振り返ると、雨が降った日の後の結果って良いことが多かったな、

と分かりました。

 

晴れの日はもちろん明るい気分になれる、

でも雨の日も明るい気分になれる。

 

 

今までの流れから言うと

雨は嬉しいことが前兆なんじゃないかと思えるようになりました。

 

だからこそ、これからもきっと、

私が幸せな結果になる日は雨が降り続けるんだと思います。

 

 

先日の雨の日の後も、

素敵な縁がつながっていいことありました。

最近、雨が降るようになって温かいコメントを頂いたり

これからへのメッセージをもらえたりと

嬉しいことが舞い込んできます。

 

だから、

雨が降ったら、「これから何か嬉しいことが起こるぞ~」と

雨の日を楽しみに過ごすようになりました。

 

これが私の雨の日の過ごし方です。

 

そして時折、

雨の日だったからこそ覚えている思い出、

雨の日だったからこそ思い出せる思い出を思い出しながら

ほっこり嬉しい気分で一日を過ごします。

 

 

そんなふうに

雨が降り始めると「あ、雨だ!」と雪が降るように

幸せ気分にスイッチを入れ替えて雨の日を過ごしています。

 

 雨が降ると嬉しいことが起こる前兆、

そう思えたら梅雨の間は幸せ気分で過ごせそうです。

 

~♪

 

 

今週のお題「雨の日の過ごし方」

 

遠くからみてみると…

今の自分からすこーし離れて

 

3年後、5年後の位置から

今の自分を見つめてみる

 

「困ってる困ってる、小さなことで悩んでるな~」

と少し微笑みながら見てみる

 

あの頃よりはるかに大きく成長した、と

そこまではいえないけれど、

少なくとも、

今の自分が悩んでいることは

すっかりきれいに片付いているよ、

 

今ではあの頃考えもしなかった悩みがある、

でもまあ、あの頃の自分にはまだ関係ないよね

 

とりあえず、

案外うまくいくから

気楽にそのまま、ありのまま進んでいってよ

 

 

大丈夫大丈夫、

今頭の中で大きくなっている問題、

意外ととってもちっぽけなものだから。

 

まあ、気楽に乗り越えてみてよ

そしたら早くこちらへおいで!

一緒に笑おうよ、

「こんなことで悩んでたの~!」って

一緒に笑い合って振り返ろうよ。

 

乗り越えてくるの、待ってるよ!

楽しい私、ここで待ってるから!

 

さ、ほらほら、

未来の不安、なんて漠然としたもの見つめていないで

目の前の課題、仕上げてしまおう!

 

動け、笑え、乗り越えろ!

 

 

「ゆっくり休んでたよー」

 

日曜日、ほぼ2か月ぶりに会えた友達と近況報告をし合うために

梅田でお昼ごはんを食べてきました。

 

2か月前に会った時の表情はひどく暗く、その後に来るLINEも鬱々としたものでした。

それからはなかなか予定が合わず、

お互い今どんな状況なのかな、という感じが続いていました。

 

もう元気になったかな、今日はどんな感じだろう、

なんて思いながら向かっていました。

 

 

久しぶりに会えて今すぐ話したいことはたくさんありましたが、

一旦お店へ向かいました。

 

向かっている途中、友達が声に出す言葉は憂鬱なものもありましたが、

心の栄養は十分に満たされているようでした。

 

「いやだー」といいながらも表情は明るかった、

“満たされた”感じがしていて、なんだかとても安心して温かい気持ちになりました。

 

 

お店に着いて、お互いおすすめランチを選びました。

友達は「肉!」、私は「魚!」と即答で決まりました。

 

久しぶりに合っても息はピッタリでした!

 

そしてようやく落ち着いて近況報告がスタート、

ゼミの雰囲気や、卒論の状況、どんな風に就活進めてきたのか、など。

お互い少しずつだけど、ゆっくりは進んでるのかなと確認し合いました。

 

そうして、心の中の近況報告も…

抱えていたもやもやを打ち明けてしまおうと思い、

「なんか、あらゆることに興味がなくなってしまって、

最近はもうどうでもいい、が口癖になってしまってる」と相談してみました。

 

そうしたら、

 

「私はゆっくり休んでたよー」

 

と返事をしてくれました。

 

気づいたら、私の相談とその子の近況報告がかみ合うように会話が進んでいました。

 

鬱々としていた状態から抜け出すために約1か月、丸々ゆっくり休んでいたとのこと、

卒論に集中して取り組んでいた、と言っていました。

おかげで進める方向も決まったようで、ゆったりと話していた様子が印象的でした。

 

以前までは家族と口論になったりしていたそうですが

今では「そろそろ動き出してみる?」「そうだね」とうまく会話できているそう。

 

 

あぁ、きっと「ちゃんと休む」ことができていたんだなと感じました。

 

休んでいる間に十分家族とも向き合って、

しっかり「休む」ということができていた、

それでいて卒論の方向も決まって進めることができている。

 

一旦、「待つ」「休む」を実行したんだな、

だからこそ落ち着いて確実に元気になったんだ、そう感じました。

 

 

動かなかったことがちゃんと結果を生んでいる。

 

休んでいいんだ。

 

 

人よりも動いていない私が

どうして動いていないのにしんどかったのかと思えば、

「休んではいけない」と思い込み、言い聞かせていたからだと気づきました。

だから休んでいた時間も休まっていなかったんだ、

中途半端だったんだ、進むことも休むことも。

 

 

これからは自分の心の窓、いつも開け放して

新しい風、空気を入れていこう。

 

今、机の前にある小窓のように、

いつもあけて、

 

小窓から自分にとってちょうどよい風が入ってくるように

出会う人から言葉をたくさんもらっていこう。

 

 

誰にも相談したくないと頑なだったのに

いざ発信してみると声をかけてくれる人がたくさんいました。

 

かけてもらえた事によって

自分を遠くから見つめ、振り返り、向き合い、気づくことができる。

 

だからこそ、まずは一言でも発信してみなくては、そう思いました。

 

自分の心の中は少しさびついていたのかもしれません。

これからはたくさんの空気を取り入れて、流れをよくしていこう!

 

 

今まで友達にさえうまく相談できませんでした。

それでも勇気を出して一言だけでも自分を発信してみると

その人の物語や答えを聞くことができました。

 

今まで頑なだった分、そういったことを聞く機会を

放棄していたのかもしれません。

 

でもまだ遅くないはず、これからもっともっと

固く閉ざしていた心の窓を開けて、

たくさんの人からたくさんの言葉をもらおう。

 

無理にあがいていた私にポンと飛び込んできた言葉、

「私、ゆっくり休んでたよ」

 

内側からにじみでる表情がほんのり温かいものになって

とても元気になっていたあの子。

 

少しずつ自分を受けとめながら、

少しずつ発信する練習をしていこう。

 

「ゆっくり休んでたよー」

 その子から学べたことを忘れずに、

これからもたくさんのことを学んでいこう。

 

 

 

 

会ってみたいな、と思う人

こんにちは!「小さな大学生」に名前を戻しました!

 

 

はてなブログを開設して実は1年2か月、

意外と長いような気もします。

 

いろんな物事においては短く思える期間ですが、

ブログを続けているとすべてが目まぐるしく変わっていきます。

 

たくさん交流してパタリといなくなってしまった人、

なんとなくつながりを失って訪問さえしなくなった人、

相互に登録しよう~と思っていると気づけば知らない人ばかり…

めったになかったけれどグサリとささるコメントを残していった人。

 

はじめは一人で始めたブログが、

いつしか誰かのために投稿し、誰かのためにコメントし、

誰かの投稿を常に確認する…

 

何かを書きたいと始めたブログの目的がいつしか変わっていってしまう。

 

「ん~、しんどくなってきたな、何がしたいのかな…」

 

そんな期間を経て今に至ります。

今ではすっかり、途中、罠のようにはまってしまう「交流」も

自然と必要なものだけになりました。

 

ブックマークも本来自分用のメモのはずが、

相手へのメッセージになっていたり、

ブック―マークしてくれたからしなきゃとか、

ブックマークしたから、

ちょっとした情けのようにブックマーク返しされたり、など…。

 

何の益もないことをしていた気がします。

 

ただそれは2か月くらいのことだったのかもしれません。

長い目で見ればそんなに期間は長くなくとも、

その時は本来の目的とずれた時間を過ごしていました。

 

はてなブックマーク、議論する楽しみ方もあるみたいですね。そのことはあまり知らないので、とりあえずブログをブックマークすることに関して思ったことをだらだらと述べています)

 

今ではブックマーク、本当に何度も読みたいものだけにしました。

空いた時間に読み直したりしていると本当に浄化されるような気持ちです。

読みたいものしかそこにないから、

いいな、と思えるものだけがそこに集まっているから、

ブックマークの断捨離も必要だと感じます。

(自分のために…)

 

書きたいことを書いて満足!から

いつしか読まれることを意識して書いていく、

それはそれで読み手を意識したものを書くことを目指すので

良い方向へと進むのですが、時にコメント欲しさや

ブックマーク欲しさに行動していたような気がして悲しい限りです…

 

増えてしまう交流ゆえに、

購読中のブログの中で本当に読みたいものは埋もれていってしまう…

煩わしさが増えては減り、増えては減り…

 

タイトルからかなりずれてしまっていて申し訳ないです。

 

そんな、いろんな煩わしさがありながらも、

いつしか「会ってみたいな、と思える人」がいる、ということを書きたかった…!

 

同じ地域の人はなおさらどこにいるのかな~なんて思ってしまいます。

 

・日々のことを詩のように記録している人、

・とっても素敵なブログを長く長く続けている人、

・お庭の写真と日々のものごとを綴っている人、

(きれいなお花の写真と名前付き♪)

・日々の心の叫びを書いている人、

・続けていくか悩みながらも日々興味をそそる記事を書いている人

 

長く続けられている人はきっと、はてなブログにおいて

「悟りの境地」に達しているのではないか、なんて思ったりしています。

 

 

はてなブログ、楽しさも多くありながらその分煩わしさも多いのかもしれません。

でもそんな中で「どんな人なのかな~いつか会ってみたいな~」

と思える人がいる、見つけることができた!ことがとても嬉しいです。

 

どんな人なのかな~と想像しながら読んでいると

こなすように多くの記事を読んでいた頃に比べて「幸せ度」が全く違います。

 

 

・・・・といった流れで

どうしてこんな話をいきなりしたかといいますと…

 

しばらく何の感情も欲も持てない日々が続いていました。

 感情も感動もすべての欲望も、

家族のことに悩んで何かしたいと思っていたことも

分かりあいたいという欲もすべて失っていました。

 

それからの 悩み&気づきとして記録しています。

 

「小さな大学生」に名前を戻したことも関係しています。

名前をもとに戻したのはあと少しでしかその状態でいられないからです。

今の状況はどんな感じかって、お察しください…。

(ヒントはプロフィール、そのまんまですが…。)

 

通っても落ちても何も思わないし何も感じない。

何にもなくなっていました。

家族から圧力を受けても何も感じなくなっていました。 

 

 そんな中で私は、すべてがどうでもいいような気がしていました。

でも、

「もうすべてがどうでもいい」と思っていても

購読中のブログには日々活気のある記事が公開されていきます。

そして、 

「もう何もかもどうでもいいや」とつぶやきながらも

「いいな~」と思える”言葉拾い”をしていると、

内側の自分が少しずつ生き返ってきました。

 

いろんな欲望を失っていた時、

内側の自分は、もうすでに死んでいたんだと思います。

 

すべての欲望を失ったとき、

残ったのは「書きたい」でした。

内側の自分が死んで

外側の自分も危うくなった時(感情がなくなりかける)

に気づけた本当の欲望でした。

 

人に会いたい、人の心に触れたい、  

たとえだれにも必要とされなくてもいつまでも書いていたい。

 

いつも何かを書きたいと思っていた私は

ここ数か月死んでしまっていたのだと気づきました。

 

書きたいと思えるものを書きたい、

読みたいと思えるものを読みたい 。

 

欲がなくなってしまったと呆然としていた私が

好きな言葉を拾っていると、

私も何か書きたいな…と思いました。

 

こんな人に会ってみたい、

どんな人なんだろう?

 

そうして、

ようやく「欲」がでてきたのです。

(記事を公開してくれた人々に感謝です!)

 

これいいな、これ読みたい!

これ書きたい!と思い始めたとき、

いつかこの人に会ってみたいな、と思えるようになったのです。

 

どんな話ができるかはわからないけれど

会ってみたい。どんな人なんだろう…と。

 

 

なんだかまとめていたら少し元気がでてきたので

朝ごはんでも食べようかな!もうお昼の時間だけど!

 

 

ということで

日々小さな「書きたい」を集めながら、

のんびりと書いていきますので

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 

ではまた、明日にでも…

 良い一日を(*´▽`*)!