小さな大学生

答えがでなくても、ぐるぐる考える。

頭の中のおしゃべりさん

頭の中のおしゃべりさんについて

ちょこっと紹介してみようと思う

 

頭の中のおしゃべりさん、とは

具体的には私の声、私の頭の声、私の心の声

のどれかである

(私はまだ、おしゃべりさんがどの声なのか知らない)

 

私は頭の中のおしゃべりさんと

毎日話をする

 

でも時に、全く声が聞こえないときがある

そんなときは、頭の中も心の中も余裕がなくなっていると知る

 

おしゃべりさんが、

はじけるように楽しくお話ししていたら

私の心は今元気なんだなと知る

 

おしゃべりさんが元気かどうか、

それで自分の心の体調を知る

 

 

私がずっとだんまりしているとき、

なんにも話さないとき、

私の頭の中はびっくりするほどお話ししている

 

もうちょっとしずかにして、

と言ってもとまらない

とにかく話続けている

 

 

一方で、

口からたくさん言葉が出るとき、

私の頭の中はだんまりしている。

 

ずいぶんと退屈そうに座っている。

頭の中のおしゃべりさんが話したい内容ではないものね、そりゃ退屈だ。

 

そんなこと本当に話したいの?なんておしゃべりさんが言う。

でも今はこういう話だから、と私は話続ける

 

私は楽しくない!とおしゃべりさん

私だって楽しくないよ!と私

 

もっと自分の話したいこと話そうよ!

私はもっと静かなところに行きたいよ!とおしゃべりさん

 

ちっとも楽しくないと駄々をこねるおしゃべりさん

 

私が楽しく話していて、

おしゃべりさんも楽しく聞いている

そんなふうに両方が一致することはあんまりない

 

頭も心も、同じことを話せたら

きっと、とっても楽しい

 

心から話したいと思うことを

頭が整理して話す

そんな支え合うようなチームプレー

 

そう一致できるには、

心から話したいことを、話したいと思う人に出会わなくてはいけない

 

 

頭の中がうるさいくらい話し合っているとき

実は外を見ると、ビックリするくらい静まった場所であったりする

 

 

そのとき私は、頭の中のおしゃべりさんと一緒に何度もびっくりする

 

え、今話してたの私だけだったの!

あんなにうるさかったのに!

音楽もなってたんじゃない?

あの人の声もあったよね!

 

なんてお話ししていたりする。

 

人とお話ししていても、

おしゃべりさんは楽しそうにいつまでも話続ける。

 

私は相手の声を聞きながら、

おしゃべりさんの声も聞く

 

それで頭が回らなくなって

ちょっと待ってちょっと待ってとおしゃべりさんにいう

 

おしゃべりさんは思うところがあるのか

とめられると不機嫌になっていく

 

私は相手とお話をしながら

おしゃべりさんのご機嫌もとる

 

おしゃべりさんは相手がいなかったら

ご機嫌になって思う存分話し出す

 

私はそれをただただ聞いて

笑ったり、それはちょっとおかしいよ、とおさえたり

そんなふうになれたら楽しいねと一緒に前を向いて話したり

 

 頭の中のおしゃべりさん、

心の声なのか、頭の声なのか、はたまた小さい頃の自分か

 

外から見えないおしゃべりさん、

外から見えないおしゃべりさんと私の会話

外から見えない私と私との会話

 

 

みなさんはおしゃべりさんの声、聞こえていますか?

話したがっているおしゃべりさんの声、聴いてあげていますか?

 

私は、情報過多になったとき、

おしゃべりさんの声が聞こえません。

 

おしゃべりさんは自分の本当にしたいことを教えてくれます。

その声を聴きましょう、聴きにいきましょう。

頭のすみっこで、退屈そうに座っているかもしれませんよ。

 

心の声が聞きたくて、

おしゃべりさんの声が聞きたくて、

みなさんもブログをはじめたのではないかな、

なんて時に思ったりします。

 

 

もしかしたら自分の自己紹介よりも長いかもしれない。

自己紹介です(あんまり何も書いていないけど)

 

atamatokokoro.hatenablog.com

 

読んで頂きありがとうございました!

 

道が吸収していた足音

 

今日は時間があったので、

なんとなく行きたくなった、

少し前まで通っていた通学路へ。

 

長く続く平坦道、急な坂道、大きな下り坂

いつも自転車で通っていたたくさんの道。

 

そこを改めて歩いてみると、

踏みしめた足に、たくさんの道から

あふれでてくる思いが伝わってきた。

 

高校から帰る時、

ここから何万キロもあればいいのに

と思ったのはいつだったか

 

はずむ心で自転車を漕いでいたのは

いつだったか

 

明日は行きたくない、と

思ったのはいつだっただろう

 

友達と笑い合って歩いていた時、

私は何を話していたのだろう

 

 

ゆっくりゆっくり、足を前に出すたびに

小さな思い出がたくさんあらわれてくる

 

どうしてあの時、

あんなにも暗い顔をしていたのだろう

どうしてあの時、

あんなにも楽しそうだったのだろう

 

少し前なのに、思い出せないことがある。

 

でも、道がおぼえていてくれた。

いろんな思いを持った高校生の頃の私が、

道を踏みしめるたびに、

道が記憶していてくれた。

 

忘れてしまった「私」を、

道が思い出してくれる

 

通い続けた道が、

あの頃の私の足音を思い出させてくれた。

 

あの時の足音が聞こえた、

あの頃の私に出会えたような、

今日はそんな不思議な日。

 

いろんなこと、わすれてしまっても、

道がおぼえていてくれていた。

 

いろんなこと、わすれてしまっても、

これからも道がおぼえていてくれる。

 

この道は、

いつまでも大切な友達

 

またこの道に会いに来よう

またあの頃の私に会いにこよう

 

道が吸収していた足音を聞きに行こう

 

 

 

3か月ほど前に通学について書いていたことがありました。

読んで頂けると嬉しいです。

 

atamatokokoro.hatenablog.com

 

ストップを楽しむ

 

立ち止まることを楽しんでみる。

何もしてみないことを楽しんでみる。

 

何も考えないことを楽しんでみる。

 

そうすると、頭の中に

ずっと前の思い出や、なってみたい私、

行ってみたい場所や空間がうかんでくる。

ぷかぷかとふわふわと、頭の中に漂っている。

 

どんな人になりたいかな?

どんな人に会いたいかな?

 

遠くのことを思っていたら、

近くのことも思ってみる。

 

次にあの人に会えたら、

どんな話をしたいかな?

次にあの場所へ行けたら、

私は何をしたいかな?

 

 

ながれこむ情報が過多になって、

頭も心もぱんぱんにつまってしまった

 

一旦リセットするために、

何もしてみないことにする。

 

 

そうすると、わたしにとって

あ、なんかいいな、これいいな、

次はこれがしたい、

と思えることが浮かんでくる。

 

ぷかぷかと浮かぶ思いに、

いつのまにかどこからか楽しくなってくる。

 

あの場所に行ってみようかな?

あの人に会いに行こうかな?

あの人にメッセージを送ってみようかな?

 

 

 

ストップすることを楽しんでみる。

 

そうしたら、

情報に疲れた「私」の向こうに、

いろんなことをしてみたいと願う「私」が

かくれんぼしていたことを知る

 

みつけにいこう、その「私」を

 

さぁ、今日は何をしよう。

 

 

小さな幸せのおすそわけ

今日見つけた小さな幸せのおすそわけです。

 

電車の中で、どんぐりを落とした男の子

電車のゆれにも負けず、必死に見つけてきて

手にぎゅっと大切に握っていました。
真剣な目をして、大切な宝物のようにどんぐりを守っていました。

 

私にとって、今の大切な宝物ってなんだろう

と考えさせてくれました。

 

抱っこされた赤ちゃんを見て、

「あかちゃんだ!」と言って喜ぶ

小さな小さな女の子

女の子と赤ちゃんにしかわからない目の会話をして、おかあさんと降りていく赤ちゃんに
「また明日ね!」と言ってにこにこと手を振る

 

明日会えるかわからなくても、

偶然会えた人に「また明日」と言える素敵さ。

本当に明日会えるかは関係ないんだね。

また会いたい、ということを伝えるために

「また明日」っていうんだね。

 

 

家の中にいても、

外に着ていくお気に入りの服を着て

お家お外気分をあじわう。

家の中を移動するだけでも、

お気に入りの服が目に入ることで気分があがる。

 

そして、その服のまま

家のあらゆる床をほうきで掃いて

邪気を払った!という達成感をあじわう。

 

掃除を終えたら、

あたたかい紅茶とチョコレート

高くなくても、とってもおいしく感じる夕方

 

掃除して出てきた書き損じはがき、

郵便局へ切手に交換しにいく。

これでまた手紙が書ける、だれに書こうかな?

だれに送りたいかな?

 

 そして、

小さいことに怒らなくなった自分、

ありがとうございますと言えるようになった自分に気づき、心が明るくなる。

 

 

久しぶりに聞いた「いのちの記憶」からは、

ずっと心に置いておきたい言葉が聞こえてくる

 

「今の全ては過去の全て」

「今の全ては未来の希望」

「必ずまた会える 懐かしい場所へ」

 

この幻想的な空間に、日常にいながら入れることに、不思議な幸せを感じる。

 

 

雨で乾かなかった洗濯物を

乾燥機であたためる。

 

乾燥機からでてきた衣服たちは

かさだかくなって、ふんわりしている。

服のやわらかさとあたたかさ、

こんなところにもほっこりする幸せが隠れている。

 

ふかふかした洗濯物。

きっといつまでも好きなんだろうなぁ。

 

 

夜の風につつまれながら自転車をこぐ。

夜の空気をたべながら、自転車に乗る楽しさと軽やかさで遊ぶ。

 

夜の空気は、ひんやりおいしくて、

夏に食べたかきごおりを思い出す。

 

そして、今、今日を思い出している幸せ。

 

今日見つけた小さな幸せ。

書いていて、思い出していて、

心が優しくなった気持ちになれました。

 

小さな幸せといったけれど、

ぜんぜん、小さくなんかない、

大きさや小ささなんてないだって、

今日気づきました。

 

どんなことでも、

心をあたためてくれるなら、

それは大きな幸せなんだろうな

とてもとても貴重で、大切な幸せなんだろうな

 

そう、思いました。

 

ふかふかした洗濯物をたたみながら、

ふかふかした幸せを思い出す。

 

ふかふかとここにいれる幸せを感じながら、

明日も、一日を大切にすごそうと決める。

 

 みなさまにも、

小さくて大きな幸せがありますように。

 

今を忘れないために。

今日、電車の中で大泣きしている小さな男の子がいました。泣いて泣いて泣いて、本当に悲しい気持ちであふれていました。最初は、どうして泣いているのだろうと、遠くから見ていただけでした。

 

でも、気づいたら自分も悲しい気分になりそうなことに気づきました。小さな子の泣き声を聞いていると、心がぎゅーっとにぎりつぶされるように苦しくなりました。小さい頃を思いだして、伝えたいのに伝えられない、伝えたいのに伝わらないんだと思うと、つられて自分も悲しい気分になっていました。

 

でも、私はまだ声をかけられるほど強くない。そして今なら、泣いていた自分から離れて見ることで、外からは本当に何を伝えたいのかわからない。私も、男の子が何を伝えたがっているのかわからない。男の子もどう伝えたら伝わるのかわからない。

 

私はまだ、自分のことさえもうまく伝えられない。だから、男の子が言いたいことも分からないし、きっと理解できてもうまく伝えることはできないと思う。まだ自分にはだれも助けられないんだと知る。

 

でも、願うことだけはできる。なんとか男の子の思いが届きますように、男の子が人に伝えようとすることを嫌わないように、その時がんばって伝えようとしたことを忘れないように。あの男の子は、話すことを嫌わずに、自分の思いを伝えたいと思うまま伝えていけたらいいな。

 

 

今日、このことを記録しようと思ったのは、

もしかしたらこの先、

今のこの気持ちを忘れてしまうかもしれない、

これから先、子どもが泣いていても、なんとも思わなくなってしまうかもしれない、

とふと思ったからです。自分が今そう思うこと、自分が今そう感じること、それはその時だけのもので、今記録しないと忘れてしまいます。

 

自分の思いを忘れたくない、

あのとき、何を考えていたのだろうか、

そんなふうになりたくない。

 

これからの自分のために、

貴重な一日を大切にするために、

過ぎていく今日を記録する。

毎日の思いと考えに向き合って、

毎日ひとつひとつまとめきることで、

毎日次の段階へ行く。

 

そうやって「今日」を守っていくことで、

自分だけの、自分なりの「楽しかった」、

そう思える毎日ができる。

 

そして、いつかそれは

大切な思い出になって、

しんどい時に助けてくれるはず。

 

毎日を守って、忘れないように、

今を忘れないために、

今日も「今日」を記録する。

 

 

 

生まれた季節を思う。

自分の生まれた季節を思う。

 

私が生まれた季節、

それは、雪がふわふわと舞う冬。

 

少し、寒さが大きくなった今、

そんな空気に包まれたいなと、

生まれた季節について、

思いを寄せてみる。

 

 

とてもとても静かな空間

 

ふぅっと、

息を吐いたら、その音しか聞こえない

 

まっしろな雪と雪の山

  

ゆきがたくさん、積もって

ゆきがたくさん、舞って

 

見ているだけで自然と頬が緩み、心おどる。

 

声を出して笑ったら、

自分の息が、まっしろくて、

まっしろい風船になって、そこに浮かぶ

 

それをパチン、と手でたたいてみたり

パタパタとして、動かしてみる

その周りをぐるぐるとまわって

消えていく姿をじっと見る。

 

雪の静かな空間と、太陽のあたたかな光

その空気にずっと、包まれていたい

 

もっともっと笑って、たくさん笑って

そこにある自然に向けて、

自然な笑顔で、そこに立つ。

 

そうしたら、そこにだれかがいるような

だれかが見守ってくれているような気になる

 

ふわふわとお話しして、

ふんわりした言葉で何かを伝える。

それでも伝わるような、

そんな友達に会えるかもしれない。

心から会いたいと思ったら。

 

 

冬に生まれた私は、

騒がしい空間の中で埋もれていると、

あの静かな雪山の中にいたい、

キラキラと銀色に輝く雪山に触れていたい

と、いつも思う。

 

光る太陽が雪山にうつって、

その青空と、銀色の雪山が私の目の中に映る。

 

雪の飾りに、雪のおかし、

雪の飲み物に、雪のワンピース

たくさんの雪に囲まれて、

雪山に注ぐ太陽に

ありがとう、とさけんでみる

そして、大きく両手を振ってみる

 

小さい頃のように、

たくさんたくさん、意味もなく、

無邪気に笑って笑って、大声で笑う。

 

 

自分の生まれた季節を思う。

 

まだ見ぬ冬の雪に、心を寄せる。

想像の中の雪は、ふわふわ舞って

私に触れた瞬間、とけてなくなる

 

 手のひらに雪がついていないことに気づくと、

冬はもう少し先なんだと気づく

次、雪に会えるのはいつだろう。

そう、思いながら冷えた手をにぎる。

 

 

 寒さが厳しくなりました。

お身体にお気をつけてお過ごしください。

 

 

 

時に、ひらがなで

自分の名前を、

すべてひらがなで書いてみる

 

カクばっていなくて

まるい字が6文字になる

 

曲線が多くて、

どこか愛らしくなる

 

漢字には意味が込められている

ならば、このひらがなには

どんな意味が含まれているのだろう

 

ひらがなの名前を書きながら

いろんな想像をふくらませる

このひらがなにはきっと、

優しさがある、明るさがある、元気がある

 

そうやって、

ひらがなの名前を書くとき、

自分なりのルールを意識する

 

名字と名前のバランスが、

左右ふんわりつりあうように書く

 

名字が重たく、

名前の存在が薄くなることはイヤだから。

 

 

カクばった勇ましいような漢字を、

時にひらがなに書き換えて、

音の持つ優しさをおもてに出してくる

 

 

強がらなくていい

名前には、もともと優しさが備わっている

 

優しさをいつも持っているなら、

どんなところへも行ける

 

 

まっしろな鳥のように

ふんわり軽く、

 

そんなふうに

なまえをかいてみる