小さな大学生

まったり、のんびり、笑ったり。

退屈な時間は想像力で

 

電車の中の退屈な時間

スマホでも音楽でも本でも、

癒されないときがある

 

ましてや、英単語帳など 触れる気もしない

スマホもおもしろくない、

どのニュースも、近くに来ない

遠くにあるような気がしてしまう

 

退屈な時間を過ごす力を 失った

 

いつも、電車の中では 本を読んでいる

でも、今日は置いてきた

いつも聞いているウォークマン

いくら聞いても今日は なんだか耳がしんどい

 

ウォークマンのイヤホンを丁寧にまとめたり、鞄の中を何度か整理し直してみたり

ただひたすら、外の風景を見て電車の音を聞く

 

小さいときは、頭の中が想像で溢れて

頭の中がうるさいくらいだった

 

でも、今はあまり何も聞こえてこない

いろんな情報にまみれて、

自分の声が聞こえない

 

退屈力はきっと、小さな頃はたくさんもっていたんだろうな。なんでも遊びに変えられる

 

その頃を少しずつ思い出しながら

退屈な時間を過ごせるようになろう

 

前までは、電車の中でいろんな人を見て、

想像を膨らませて、楽しんでいたりした

 

でも、今は なかなか想像できないし、

そんなことしてもなぁと思ってしまう自分がいる。意味を考えても仕方ないのに。

 

いろんなときをこえて、

いろんな情報にまみれて

いろんな考え方を教えられて

 

想像することの楽しさと、

想像する力を、

ずいぶん前から失いはじめていたのかもしれない

 

想像力を失っても困らない

そう言われるだろうけど、

今までもきっとこれからも、想像力は日常に彩りをもたらしてくれる。それを失ってしまったら、きっと悲しいつまらない世界になってしまう。

 

電車の中に、広告が何もなかったら

何があってほしいだろうか

 

電車の中の広告を見て、

何を思い付くだろうか

 

 

自分が今、この広告がなかったらと想像する

そうやって地道に想像力をきたえていこう

 

小さい頃の想像力を思い出すために。