小さな大学生

   言葉にあらわせられるか、あらわせられないか、 そんな感じ。

雑貨店でバイトしていて思ったこと

 

昨日、買い物へ出かけたとき、休憩にカフェへ行った。その日、対応してくれた人は新人らしい雰囲気で、少しびくびくしているように見えた。何度かお客にきつく対応されたのだろうか。表情が真っ暗で、お客の声を聞き取ることにおびえているようだった。あえて突っかかるように注文する人もいた。なぜ新人というだけで、お客がすぐに上から見るような態度なのか。少し前までは同じ位置にいたはずなのに。店員とお客の差がどうしてこんなにも違うのだろうか。なぜ、お客というだけできつい態度をとっているのか。

 

去年していた文具と雑貨のお店でのバイトのことを思い出していた。

バイトがはじまってすぐに気づいたことは、高校生も中学生も、いろんな大人が上から見てくることだった。はじめからこんなにも上から見られてしまったら、こちらが強くいうことなど難しくなる。取り扱いがないだけで激怒、包装のやり方にイライラ…

その度に、「申し訳ございません」という教わった言葉を使い続けることで、徐々に私は目の前にいる人の下へ下へと落ちていく。

 

一歩外に出れば同じ人であるはずなのに。

 

親が店員に対してとる態度を見てか、小さな子でさえも小馬鹿にしたように、きつくあたってくることもあった。わざと、聞こえにくく話してくることもあれば、確実にないものを聞いてきて、ためいきをつかれたこともある。まるで店員がおびえる姿を楽しんでいるかのように。

 

 

文具店でバイトしていて感じたことは、店員に対するお客の態度もあるけれど、最も疑問に思えたことは、「こんなにも在庫があるのに新しい物を作り出し続ける意味」だった。もう十分、ありふれたものが、さらにあふれていく。そして長く置いてあったものは破格の値段で売られていく。それが作り出された意味とは何だったのだろう、といつも思っていた。

 

バイトを始める前は、そのお店の商品がとても気に入っていた。入りたての頃も、その商品にたくさん触れられることが好きだった。でも、裏にはこんなにも在庫があったと知り、ショックを受けたことを覚えている。在庫の置き場は常にパンパンに詰め込まれ、どこに何があるか、すぐには分からない状態だった。また、汚れてしまったずいぶん前の商品は捨てられ、少し前の商品は定価からずいぶんとかけ離れた値段で売られていく。その値段で買われた商品はいつまでも大切にしてもらえているのだろうか。

 

とっても安い値段に下げられたものをギフトにする人もいた。プレゼントの値段を抑えようと見え見えで、何とかこれを受け取る人が不快にならないようにと、値段のついた汚い袋をきれいな袋に入換え、いつもより良いほうのギフト袋に入れたこともあった。

 

安くなるには安くなってしまうだけの理由があったのだろう。

そんな商品をプレゼントにしないでほしい、とも思ったが、そもそも、そんなに安くしなくては売れなかったものなど、本来売るべきではなかったのかもしれない。

 

 

良いものを作って、良いものを欲しいひとが買う。それなら何の疑問もない。でも、人は必要以上にものを買う。必要以上のお金を使う。それを助長させるお店のやり方、それを助長させてしまう私たち。売れるように置き、売れるように言葉を添え、売れるように安くする。本当は、そんなもの買おうと買い物に来たわけではないのに。人々はきっとその日買う予定のなかったものを買っている。そしてそれは長期的意味を持たないものがほとんど。そんな人々に買わせて、お金を使わせて…その物だって、必要とされる人だけに必要とされればよかったのに。

 

 

 

大量の品が入ってくる、売れるように飾る、売れなければ破格にして、最後にはポイ。

 

ものをつくり、ものをすてる。万人に受けるものをつくり、万人に受けるやり方をする。

お店も人もこれ以上発展しない考え方を持ち続けているのかもしれない。

 

良いものを届けたい、それだけならこんなにも品数を揃える必要はない。

希望があるたびに商品を入れる、それではいつまで経ってもきりがない。

 

大きくみると、そこがしてきたことに、なんの意味が存在していたのだろうか。

物が作られ、それを買わせて、使うはずでなかったお金を使わせて、そのものがいつか捨てられるのなら。捨てることがブームになって、そういった雑貨達も捨てられてしまったのかもしれない。買いたい、という衝動を満たすために買われ、捨てられる。売って、売り上げの数字になってほしいという欲を満たすため、作られ売られ、売れなければ捨ててしまう。

 

また、売れている物に似せて作って、結局売れない。そんなとき、製作から破棄までの過程に何の意味があったのだろうか。本当に必要とされているものを、本当に必要としている人に、作っていかなくてはいけないのに。

 

なんの意味があったのだろうか、そう考えていると、文具や雑貨をちっともほしいと思わなくなってしまった。それと、私たちが本当に心からそれが良いものだと思えないから、売れても、嬉しいとは思えない。

 

 

 

なんだかそれに耐えられず、1年間でやめてしまった…

お店のメンバーも、場所もよかったけれど…

考えすぎなのかな…

 

 

 

 

とりあえず、私ができることは、自分にとって不必要なものは買わない。

それと、買ったものは大切に使う。当たり前のことだけれど…

 

あとは、店員だったころの、人から下に見られて辛かった気持ち、私が抱えたこの気持ちを忘れないようにしよう。あらゆる他人が上から吐き捨てるように対応していても、私はお店の人に、私に「~してくれているんだな」と感謝しながら、対応できるようにしていこう。

 

 

少し前のことを振り返ってみた①